“スキ”ンシップ  『好きで10のお題』より
 


都心から離れたとあるお屋敷町に、
幕末間近いほどという昔々から代々続く道場を抱えた進家は、
特に前へ前へと進み出ることもなくの、
それは静かな存在感で、町を、土地をまとめて来た。
時代が移った今でも、土地神を祀る神社の氏子らの総代として、
ご町内の行事のあれこれ、段取り組んだり音頭を取ったり。
大変なばかりの地味なお仕事、進んで請け負い、
家族一丸となって、そりゃあ楽しげにこなしておいで。
今時のご近所付き合いというものは、
町が都市化するにつれ、希薄で疎遠なそれになりつつあるというけれど。
こちら様におかれては、そんなのまだまだ遠い先のお話らしく。
年越しの社へのお籠もりから、初午節分、
桃の節句や端午の節句、
七夕、重陽といった節季のお祭りの他、
花見に花火に鎮守の祭りに、ハロウィンからクリスマスまで。
道場へと通ってくる子供らを把握していることからの延長、
子供会と青年会のお世話もしておいでだったりし。


  「あ、あのあの、先日のお花見ではお世話になりまして…。///////
  「きゃ〜〜んっ! 瀬那くん、いらっしゃ〜い!」


ご挨拶の文言が終わり切らぬうちにも、
お屋敷中庭の集会場の奥向きから ぴょ〜んっと身軽に飛んで来たお人があって。
全国区で名を馳せた韋駄天ランナーさんの小柄な身、
逃げる暇間も与えずやすやすと取っ捕まえると、
その懐ろへと掻い込んでしまう見事さは、
彼女もまた、当家の道場での免許皆伝者、師範代という身なればこそだろか。

 「あ、あのっ、たまきさん?///////

顔見知りのお姉様、まさかに突き飛ばす訳にも行かなくてという、
セナくんの側の事情だってあってのこととはいえ。
どんな屈強ラインマンさえ振り切って勝利した、
高校最速の“走
(ラン)”を誇る彼を、
いともたやすくホールドしてしまったとは…北○神拳 恐るべし。

 「ぶ・ぶー。ウチの流派は北○神拳じゃありません。」

……判ってますがな。
(苦笑)
親しいとはいえ妙齢のご婦人。
しかもしかも、結構な美人でスタイルも抜群というお姉様を、
強引にむしり剥がすのは何だか気が引けて。
さりとて、
そんなお姉様にがっちりハグされたまんまというのももっと気が引け。
ボクは一体どうしたらいいんでしょうか〜〜と混乱しかかったものの、

 「…小早川。」

どこをどう掴んだものか。
お姉様のホールドはきっちりと完璧だったはずが、
さすがにその方向からの力がかかるのは想定外だったものか。
真上へすぽんと引き抜かれたのへ、

 「あらまあ。」

さすがにそれ以上は追っかけまでしないでの、見送る格好、
やっとのことで解放していただいたものの、

 「小早川。」
 「はい。」

 いいか、姉は大人しくしているとどんどん付け込む性分の人だから、
 嫌なものは嫌だとはっきり言っておいた方がいい。
 そうと言ってくれていたらやらなかったという逃げ道を、
 ちゃんと確保しておく周到な人だ、油断は禁物だぞ?

なんてなことを、大真面目に説いた弟さんだったもんだから、


  「清〜いちゃん? それって誰のお話かしらねぇ。」


お顔は微笑っておいでのまんまだったし、
お声だって朗らかに弾んでたってのに。
あんな怖かったのって、蛭魔さんの猫なで声と同じくらいでしたと、
セナくんに言わしめたほどの恐ろしさ。
さすがは次代の師範だけのことはあると、
居合わせた方々の誰一人として わざわざ今更驚きはしなかったほどの、
威容を示したのでありまして。


  ………………で。


まずはのお約束、いつもの洗礼を受けてのさて。
ちょっと何日か前に、
こちら様で催されたお花見に混ぜていただいたそのお礼、
珍しくも練習のない週末だったのでと、
手土産持参でお邪魔してのご挨拶をと構えてたセナくんだったのだけれども、

 「あ、ちっちゃい兄ちゃんだ。」
 「セナ兄ちゃんvv」

こちらのご町内のおチビさんたちにも、
とっくに顔見知りのランニングバッカーくん。
中庭へと群を成しての、
何でだかお集まりだった彼らに取り巻かれのじゃれつかれ、
お兄ちゃんお兄ちゃんと懐かれるのへ、
はやや〜//////と さっそく照れまくり。

 「あの、何かの集まりでしょか。」

見回せば、こちらに住み込んでおいでの門弟さんたちも何人か顔を揃えていて、
知らなかったとはいえお邪魔だったのではと、
今頃恐縮してみるセナの言いようへ、

 「いや、気にすることはない。」

邪魔なぞしてはないという意味だろう、
小さなお友達へと かぶりを振って見せた進であり。
こんな場へと紛れ込むことになってしまったのは、
母屋の玄関まで辿り着く直前に、たまきに取っ捕まった“運の悪さ”のせいだと、
そんな言いようできっぱり言い切る弟さんへは。
聞こえるはずがないほど離れたところで他の門弟さんと何かしら話していた、
そのたまきさんご本人からの、鋭い一瞥が飛んで来たのだが…それはともかく。

 「あのね? 子供の日の祭りに、山車を曳く順番とか決めてたの。」
 「山車?」

子供らの内の一人が屈託のないお顔を上げて、そんな風に話してくれて、

 「ここいらでは、
  ゴールデンウィークの最後に当たる子供の日に氏子の祭りがあるのよ。」

こちらはお母様が、今日は緋色の小紋という御召し物も爽やかに、
今時にはめずらしい和装に割烹儀という姿で、
お世話しておいでだったところから話の続きをしてくださって。

 「何連休になるからって遠くへの旅行に行かれるお家でも、
  最後の日は余裕をもって戻って来られてるところが多いからかしら。
  なかなか廃れなくってねぇ。」

そんな言い方をなさったけれど、
そんな都合のせいじゃあなくて、こちら様を始めとするご町内が仲良しで、
子供を大切にしているからこそ、延々と続いている行事なんじゃあなかろうかと。
先のお花見やら、年越しや花火のお祭りにも混ぜていただくセナとしては、
自然な感覚でそれが判る。

 “ウチのご近所にはこういうのないものね。”

新興の住宅地だからか、いやいやそればっかでもなくって。
恐らくは、若い世代の核家族のみが住まう家ばかりなせい。
平日の昼間は母親しかいない、
子供らもその大半が小学生になれば塾通いで やはり家には居着かないようでは、
こういった行事も起こしようがなかろうて。
すぐお隣りとくらいしかお付き合いのない、そんな自分チとついつい比べておれば、

 「清にいちゃん、あれ取りたい。」

彼らへとまとわりついてたチビっこの内の一人が、
何とも無造作な仕草で頭上を指さして見せる。
え?と、一同がつられて見上げたその先にあったのは、

 「…あ、シャトル?」

ここで遊んでいて引っかけでもしたものか、
バドミントンの羽根が、
すぐ傍らの、集会所として使っている離れの軒の端に引っ掛かって揺れている。
青く晴れ上がった空に映え、よくよく目立っているものながら、
子供らが集まる場所ゆえ、大人はどうしても目線が下がってばかりいたせいか、
それともほんのついさっきにでも上げてしまったのか、
誰にも気づかれずにそこにあったらしくって。

 「……。」

おおとかすかに目を見張った進だったが、
さすが長身の君で、その大きめの手を伸ばしかけた。
軒先という位置は、
彼の身長と腕の尋だけでは届くかどうかが微妙なところではあったものの。
何となれば飛び上がればいいと、
周囲にいた大人たちもそんな対処へ 特に無理があろうと思わずにいたところが、

 「違うの、オレが取りたい。」

その子はそうと言い、
自分よりもずんと背丈のある進の着ていたトレーナーを引っ張って、
ねえねえとねだる。
どういう意味だろかと“おややぁ?”と感じたセナが見ていると、

 「…ああ。」

子供が相手のやり取りにしちゃあ、立派に無愛想な顔つきのまま、
それでもその手をすいと延ばしてやる彼であり。
何なに? 何が始まるの?
そこから先がまだ判らずに、え?え?と疑問符の山を浮かべて見ておれば、

 「わあvv」
 「あ、コータ、いいなvv」

周囲にいた他の子供らがわっと沸いた中、脇へと手を差し入れられたその坊やが、
そのまま軽々と抱え上げられて。
懐ろに抱え込むのじゃあなく、
延ばした腕だけの力でそうまで高みへと至らせてやれるとは、
やはりさすがは鍛練の賜物よと門弟さんたちが感心する中。
消防署のはしご車よろしく、アームだけのまさに“膂力”にて、
子供と言っても十歳ほどの、40キロはありそな子を、
難無く持ち上げてしまった、高校最強ラインバックさんだったのでありました。





        ◇◇◇



  ………………とて。


  「…小早川?」
  「え? あ、はははは、はいっ。」


何をまたぼんやりしているのかという声をかけられて、
わたたっと、その場で飛び上がるほども驚いて見せたセナがいたのは、
母屋の二階の進の私室にて。
彼はお手伝いしなくてもいいのらしく
…連休中も学校へと練習に出向く身だから、だろうけれど。
にぎやかだった中庭から離れて来ての此処へと落ち着いて、
そうそう、あのその、
今年の王城のラインの指揮はやはり進さんが執るのでしょうかなどと、
あからさますぎて偵察にもならない訊きようなぞしていたものが。
苦笑で誤魔化されてのぽうと赤くなったところまではいつもと同じであったのが、
ふっとその意識をそのままどこへか飛ばしたりしたのだもの。
向かい合ってた仁王様がいくら鈍感どんがらがったなお人でも、
様子がおかしいなと気づかないでどうするか。
いえあのその、何でもないですと応じたものの、

  何でもなくって惚けたりすまいと

ほのかに口許ほころばせただけの進だったのへ。
こちらもこちらで、
表情筋だけ鍛えるのを怠っていると言われて久しい彼の、
そんなささやかなお顔の様子だけで、
問われていること読めるようになってた韋駄天くん。

 「えとあの…。///////

何とはなしに思い出していたのは、さっきの坊やとの一部始終。
どこのマイホームパパですかという即妙な応対をしてやった進だったのへは、
さすがに今更 意外だと驚くほどでもなくなっているけれど、

 「ここの子たちって、あの…。///////

進さんにあんな風に抱っこされたりが当たり前なんだなって、と。
しどろもどろに言うセナへ、

 「???」

おかしなことを言うのだなと、
それがどれほどまばゆい光景に見えるかに気づいていないご当人、
小首を傾げて見せるばかり。
ただ、

 「〜〜〜。///////

真っ赤っ赤になって、ちょこっと俯くお友達さんへ、
声も立てずにくすんと微笑うと、
その手を延ばして来、難無く背中へまでと腕を回し、

 「…え? あ。///////

はっとしたときにはもう遅い。
フィールドの上ではそうは簡単に捕まらぬランニングバッカーさんを、
ぐいと…畳の目も利用しての、すぐ間近へまでと引き寄せて。
何なに?と胸の中がパニックしかけているものを、


  ――――― トンッ、と。


自分の懐ろ胸板へ、やわらかな頬を添わさせ、
そのまま掻い込んでしまった進さんで。
これでおあいこ、同じにしてあげたのだから、
もう怒るな、若しくは拗ねるなとでも言いたいか。

  「あ…。///////

掻い込まれた方はだが、既にそれどころじゃあなくなっている。
上背のある進の懐ろは、小さなセナには広すぎるほどに大きくて。
よくよく鍛えてはいるけれど、瞬発力をも発揮させる筋力をつけているせいか、
がちがちに堅くはなくて…心地がよくて。
それが整髪料や何かではない証拠、
こうまで間近にならないと気づけない、男らしい精悍な匂いが届くのが、
そうまで間近になったことをますますのこと意識させての、

  「………ふや。///////

小さな恋人さんのお顔を、茹だるほど真っ赤にしてしまうのが、
手品のような、はたまた化学反応のような。
(微笑)
雄々しくも頼もしい、
そんな想い人さんの懐ろへ、凭れる格好になったまま、

 あああ、あのですね。ボクはその、
 抱っこしてもらったのをうらやましいなと思ったんじゃあなくて、
 進さんからそんなことされたらきっと、
 心臓が躍り上がってしまうんじゃないかって思っての
 うらやましかったんであって…。///////

慌てふためきつつのしどもどと、
そんな言いよう並べた彼へ、


  「だったら慣れればいい。」
  「はやや……。///////


それだけのことだろうと、短い一言で言ってのけたのは、
これも強心臓の為せる技か、
それとも細かいところは実はよく判ってらっしゃらないか。


  ……いやいや、そうだったのならば、


 “お耳がああまで赤くはならないわよねぇvv”


お茶をと運んで来たお母様。
今日は蒸すからと襖が開いてたその陰で、
声をかける間合いを失ってしまったらしかったものの。
どうしたものかと困るでなくの、
そんな感慨に“可愛いことよvv”と苦笑が絶えないところなぞ、
当家で一番お強いのは やっぱりこのお人かも知れませぬ。




  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.04.19.


  *そういえば、
   この二人が同じフレームにいるお話はお久し振りではなかろうかと、
   ますますのこと、進セナサイトとは思えぬ感慨に耽ってしまった、
   ダメダメな管理人だったりいたします。
(とほほん)

めるふぉvv 3line_box.gif *

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